top of page

カレンダー絵画と海とレモンのパンケーキ(茅ヶ崎県立美術館 桑久保徹展)

更新日:2021年1月26日



サザンオールスターズのファンでもないのに冬の茅ヶ崎駅に降り立ったのは、桑久保徹という画家の描いた絵を見るためだ。初めて訪れる茅ヶ崎市立美術館は、駅前のロータリーを突っ切った先にある漢方薬局と整体屋に挟まれた細い道を、海の方向へと進んでいけば着くらしい。


海辺の町、茅ヶ崎はなんだかのんびりとした風情が漂っている。海のそばに住む人はロマンティックなのだろうか。こころなしか、立ち並んでいる戸建住宅の佇まいが可愛らしい。潮風で木の外壁が劣化しているのも様になる。


歩く道の左右につぎつぎと現れる可愛らしい家の数々を眺めながら、この町の人の暮らしぶりを思い浮かべていると、高砂緑地の入口が見えた。この敷地内に茅ヶ崎市立美術館はある。



制作に5年をかけたカレンダーシリーズの大作絵画が一堂に


茅ヶ崎市立美術館はわりにこじんまりとした美術館で、展示スペースもあまり広くはない。感覚的には美術館というよりも広めのギャラリーである。今回はこの空間に、桑久保徹のカレンダーシリーズ12点が、ボストンで個人蔵になっている1点をのぞいて一堂に会した。


桑久保のカレンダーシリーズは全て100号ほどの大型絵画だ。カレンダーというのだから、1月から12月まで、12点存在する。ほとんどの絵画が海の見える景色を背景に持ち、歴史上の画家のスタジオをテーマに、画面いっぱいにまるでミニチュアのような作品の模写や室内空間が描かれている。


たとえば、1月のピカソは、画面を遠巻きに眺めると、冬の寒々とした海外線が浮かび上がってくるが、画面いっぱいに散らばっている細かな要素を近寄ってよく眺めてみると、ピカソの若かりし日から晩年までの代表作の模写やスタジオの様子などが全てモノクロームで緻密に描きこまれている。ピカソが生涯描いた全ての絵画を画家のスタジオに詰め込んで、おもちゃ箱をひっくりかえすように散りばめたら、こんなふうに見えるだろうか。絵画史を揺り動かしてきた名画の数々が、桑久保という画家の手により、小さく、でも精密に、100号の絵画の画面上で再構成されているのだ。


しかし、そこに歴史上の画家の存在感は希薄である。画家の存在を感じようとすればするほど、小さな名画の隙間に視点が落ちて、背景の風景のひろがりに目が向かうようだ。海の風景は悠久の時間を示唆するようで、美術史上の巨匠の人生が、大きな地球に溶けていっているようにも感じさせてくれる。


絵画の表面は波打ち、表情が豊かだ。この大きな画面に、これだけの名画の数々を模写するのに、どれほどの労力がかかっただろうかと、手数の多さに気が遠くなりそうだが、どの絵も細部まで充実感があった。


美術手帖のWEBで、この作品群に関する桑久保のエッセイが連載されているのを見つけた。小山登美夫ギャラリーに所属する桑久保が、このカレンダーシリーズに着手してから、3年の月日をかけて6ヶ月分を制作している様子が、本人の筆により伺い知れて面白い。


美術手帖WEB -SERIES- 桑久保徹連載



海辺の町の喫茶店


桑久保の絵を眺めていたら、茅ヶ崎市立美術館のすぐ近くにある海に心が持っていかれた。このシリーズをこの場所で展示したのは偶然なのだろうか? 美術館を出ると、自然と足は駅を背にして海に向かった。




冬の午後は日が短く、夕日が傾きかけていたが、風は穏やかでまだ陽の温もりを感じられた。桑久保は神奈川県出身だというが、海沿いで育ったのだろうか。


海沿いを散歩して駅まで戻る道すがら、喫茶店で一休みすることにした。この店の名物はパンケーキのようで、ブレンドコーヒーと一緒に注文をした。



注文をしてから焼いてくれるパンケーキは、バターとレモン果汁がたっぷり乗っていた。添えられたバニラアイスをのせながら、甘さとしょっぱさ、暖かさと冷たさの両方を一度に味わう。幸せな味であった。やっぱり海辺の町の人は、なんだかロマンティックなことが好きなんだと思う。


野菜と魚が美味しいからか、この町にはイタリアンの名店も多いと聞く。駅の近くには思わず吸い込まれそうな赤提灯がいくつもならんでいた。


首都圏から出かけるには少々遠く感じる茅ヶ崎だが、画家が人生をかけて描いている大きな絵画と海とパンケーキのためだったら、出かけてみようと思えはしないか。



茅ヶ崎市立美術館


M's珈琲














Museum fatigue:美術館づかれ
展示空間で作品を見るごとに1作品を見る時間が減少していく現象を名付けた言葉。本ブログのMuseum fatigueカテゴリーは、アート作品の鑑賞に肉体・精神的疲労はつきものであり、鑑賞後には美術館近くのカフェやレストランでのんびりと座り、作品の印象を語らう時間をもつことが理想的だという考えのもと、筆者が実際に出かけた美術展と近くの飲食店等を紹介するものである。

閲覧数:43回

最新記事

すべて表示

Comments


bottom of page