アートの仕事にもいろいろとありますが、「ギャラリスト」はもっとも魅力的で偏見に満ちた職業なのではないでしょうか?
それもそのはず。アートの世界ではお金の話はタブー視されやすいのに、ギャラリストは作品の値付けをしたり、作家をプロモーションしてコレクターに販売したりと、アートとお金(価値交換)の仲介をする仕事でもあるからです。
私は20代に2つのギャラリーでの仕事を経験し、多くのギャラリストと出会ってきました。多くの場合、彼らは上品で控えめであり、お客様の前で余計なことは一切、話しません。尋ねられたことになるべく正確に、訥々と話すのみで、笑顔すらみせない場合も多くあります。そうした態度が、ミステリアスに見えるのか、さらに偏見や誤解の対象になるのかもしれません。
ただ、私自身もギャラリストであり、商売仲間で身内的な立場でいたので、彼らの極人間的な側面をよく知っています。お客様の前でギャラリストが自ら作品の好みをうんぬんと話すことは一切ありません。優先すべきはお客様の美意識であり好みだからです。商売柄真っ当な態度だといえます。
けれど、身内相手だと「あの作品が、この作品が」と、ギャラリスト達はとてもおしゃべりなものです。私が若かったころには、愛に満ちた作家の揶揄であったり、作品の世界観を広げる創作エピソードなどを話してくれたりしたものでした。
「セザンヌはリンゴが友達」
「ユトリロは酒まみれ」
モダンアートの巨匠達に、かなりの言いっぷりですが、聞いていたのは身内の私ぐらいなもの。けれど、セザンヌやモーリス・ユトリロの作品と人生を知っている人なら、上記の言葉が、教養溢れる揶揄だと気づけるでしょう。
(*セザンヌとユトリロのエピソードについては、書籍などでぜひ探してみてください。)
作家と作品を丁寧に調べ、制作背景についても詳しくなければ出てこないアートなブラックユーモア。私の中でギャラリストといえば、そんなことばかりを言っている人種です。一緒に過ごしていてこれだけ楽しい人たちが他にいるでしょうか。
最近、ギャラリストが書いた本をいくつか読みました。ページをめくりながら、アートの潮流を生み出していくギャラリストの仕事のあり方に、久しぶりにわくわくとさせてもらいました。どの本も、教養溢れるギャラリストの視点で、時代性とともに東京のアートシーンを描き出しています。
こちらは日本で初めてのコンテンポラリーアートギャラリー、東京画廊オーナーの山本豊津さんの著作。
山本豊津 (著)
PR会社を経て40代からギャラリー経営をはじめ、現在ではアジアに支店も持つ、ミズマアートギャラリーオーナー三瀦さんの著作がこちら。日本のコンテンポラリーアート界隈では発言する人として知られ、いつもTwitterでの発言に注目しています。
三瀦末雄(著)
そして、私の出身画廊でもあるギャラリーヤマネで、一緒に仕事をさせていただいていたことがあり、独立して湾岸画廊を経営されている山根章さんの著作です。サザビーズやクリスティーズといった海外オークションに頻繁に足を運び、アートマーケットの最も華やかかで厳しいシーンを経験しているギャラリストならではの視点で、コンテンポラリーアートマーケットの今を描きだしています。
山根章(湾岸画廊)(著)
ギャラリストがどんな仕事をしていて、普段から何を願い、どう行動しているのか知りたい人はぜひ手にとってみてください。これらの書籍を読むと、彼らの仕事がアート価値を社会的に確立していくための潮流づくりには欠かせない人種だということがよくわかるはず。
美術館にはよく出かけるのに、ギャラリストというと「拝金主義なのでは?」とすぐに警戒する人にも一言。あなたが熱心に見ている美術館の絵、それはおそらく、どこかのギャラリストが美術館に販売したものですよ。
gallery ayatsumugi ディレクター
友川綾子
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